尾瀬・尾瀬ヶ原

今回は6月に家族が旅行で撮影した尾瀬の様子をご紹介します。 尾瀬は群馬県片品村・福島県檜枝岐村・新潟県湯之谷村のそれぞれの県境に位置し、 東西6km南北4km総面積は約8700ha程もある日本最大の高層湿原です。 「夏の思い出」で歌われたように、お天気がよければ素晴らしい風景が堪能できるところです。 尾瀬は日光国立公園として1934年(昭和9年)に国の国定公園に指定されています。 またその後1953年(昭和28年)には日光国立公園の特別保護地区に指定され、1960年(昭和35年)には特別天然記念物にも指定されています。 また2007年7月25日、日光国立公園から独立して尾瀬国立公園に指定されました。 これは尾瀬の気候が寒冷なために氷河期時代の植物が現在も自生しているなど学術的に見ても非常に貴重な植物が多数存在しているためです。 尾瀬は標高1400mにあり群馬県に位置する尾瀬ヶ原と福島県側に位置する標高1665mの尾瀬沼の2つの地域に大別されます。 今回家族の者が行ったのは尾瀬ヶ原の群馬県側の入り口から鳩待峠(はとまちとうげ)〜山ノ鼻(やまのはな)〜牛首(うしくび)〜下ノ大堀(しものおおほり)〜竜宮十字路までの区間です。 あまりに広大なために日帰りでは到底回りきれないところです。 尾瀬の歴史は東北地方の最高峰で那須火山帯に属する標高2356mの燧ケ岳(ひうちがだけ)の火山活動の過程で約8000年くらい前の噴火活動による溶岩流で只見川が堰きとめられて尾瀬沼が出来たそうです。 至仏山(しぶつさん)標高2228m、燧ヶ岳、袴腰山(はかまごしやま)標高2042m、中原山(なかはらやま)標高1969mの山々に四方を囲まれた盆地のため、尾瀬湿原から流れ出す水は唯一の出口である 三条の滝を通じて只見川の源流となっています。 ただ尾瀬湿原から流れ出す水の出口はここ一箇所だけのため、 盆地上の地形で雪解け水や降った雨が集まって抜けずに尾瀬湿原に溜まり、そこにさらに年月を掛けて、年平均気温5度前後という冷涼な気候の影響で、枯れた水生植物や湿原植物が腐らずに堆積し、 厚さ5mもの高層の泥炭層を作り出し、現在のような尾瀬の高層湿原が出来ていったのだそうです。 尾瀬は総延長約57kmもある木道という道が作られて、直接湿原に降り立つことは禁止されていますが、面白いことに最初の木道を造った当時は 人間が湿原を歩くのに都合が悪いということが理由だったそうです。つまり尾瀬に入る人を保護する目的で木道が作られたのだとか。 それが自然保護運動が高まるにつれ、逆に湿原を保護する目的に変わっていったそうです。 ここの土地の群馬県側の所有者でもある東京電力がかつて関東地方の電力不足解消のためにここに以前水力発電用のダムを建設する予定だったものが反対運動で頓挫したという歴史もあります。 今回は私自身は行っていませんが、お天気は梅雨のさなかでいまひとつだったようです。 家族の者が撮影しているため、軽量のタムロンレンズを使用しています。
鳩待峠より新緑と至仏山
鳩待峠より新緑と至仏山
山ノ鼻付近から燧ケ岳を望む
山ノ鼻付近から燧ケ岳を望む
白樺と蓮華ツツジ
白樺と蓮華ツツジ
下田代牛首付近より燧ケ岳
下田代牛首付近より燧ケ岳
ミツガシワの群落とリュウキンカ
ミツガシワの群落とリュウキンカ
リュウキンカ
リュウキンカ
三差路付近より至仏山
三差路付近より至仏山
ミズバショウ
ミズバショウ
下ノ大堀から至仏山
下ノ大堀から至仏山
池塘と至仏山
池塘と至仏山
池塘と浮島
池塘と浮島
シラネアオイ
シラネアオイ
今回の尾瀬では試験的に1280×1024サイズと1280×800サイズも作りましたが、
元画像のサイズは1280×853ですので、前者は縦幅が足らず、後者はやや縦幅が上下に切れます。
またサーバ容量の関係でごく一部の画像しかアップできませんがご了承くださいませ

尾瀬ヶ原 群馬県片品村 撮影日2007年6月18日
撮影カメラ EOS 5D レンズ タムロン 28-300mm


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