化野念仏寺

紅葉の頃の化野念仏寺の壁紙写真です。 化野念仏寺は「あだしのねんぶつじ」と読みます。 あだし野は化け野と書くように、嵯峨野の奥地にある化野・嵯峨鳥居本付近一帯は古来から化野葬場と呼ばれ、 野辺送りとも言われ、京の庶民の無縁仏の風葬の地とされていたそうです。 平安時代、京の都は貴族が優雅な暮らしをする一方で、庶民は非常に貧しいその日暮らしを強いられており、 華やかな貴族文化がクローズアップされがちな平安時代にあっても、都の中には道端や河原に 人が倒れたまま放置されるなど日常茶飯であったそうです。 そんな貧しい庶民のなかで行き倒れた人々や身寄りのない人々が亡くなった時に葬る場所が必要となってきます。 その中で北の蓮台野(現在の蓮台寺付近)・東の鳥辺野(現在の六波羅蜜寺付近)と並んで 西に化野が野辺送りの場所として存在していたようです。 当時の日本ではこの風葬が一般的なやり方でした。自然の風化に任せて放置するわけです。 昔は無縁仏になって成仏できずさまよう霊がこのあたり一帯にはいたのだとか。 そんな中、一般的だった風葬に代わって土葬を広めたが弘法大師です。 野ざらしにされた風葬の風習を見るに見かねた弘法大師が地元の人々に土葬を教え、遺骸を埋葬し、石塔を建て、 菩提を弔うために811年にこの場所に真言宗五智山如来寺を建立したのが化野念仏寺の始まりとされているようです。 その後浄土宗の開祖である法然がここに念仏道場を建立し華西山東漸院念仏寺と称したため、真言宗を浄土宗に改め、 後に化野念仏寺と呼ばれるようになったそうです。 化野念仏寺の本尊は湛慶の作で鎌倉時代の秀作とされる阿弥陀仏座像です。 またこの寺を象徴するように、1903年(明治36年)頃に化野一帯に散乱し、埋没していた無縁仏の墓石や石塔を地元の人々の協力で探し出し、 供養のためにこの場所に集められたのが賽の河原になぞらえて西院の河原と呼ばれる 本堂前にある8000体以上とも言われる無縁仏の石仏群です。 また8月23日と24日の地蔵盆には千灯供養がこの西院の河原で行われています。 拝観料500円を払って入り口を入ると、いきなり目の前には無数の石塔群がある西院の河原の光景が広がります。 念仏寺の紅葉の時期にはこの西院の河原を中心に周囲を取り囲むように植えられているもみじが 真っ赤に色づいている様子を見ることができます。 なお、化野念仏寺は本堂正面にある西院の河原の入り口から中に入っての撮影は禁止されています。 外からの撮影はOKなのですが、西院の河原の入り口から中は霊界とされて神聖視されているようです。 また近くには愛宕寺(愛宕念仏寺・「おたぎねんぶつじ」と読む)があり、こちらは千二百羅漢でも有名です。

化野念仏寺 紅葉の壁紙写真

紅葉の頃の化野念仏寺の風景です

化野念仏寺(京都市右京区)

昔は京都の庶民の墓地であり、風葬が行われていた

ここ嵯峨野の奥地・化野に、弘法大師が

魂を弔うために寺を建立したのが始まりです

撮影日2005年11月22日

石塔と紅葉
石塔と紅葉
石塔にかかる紅葉
石塔にかかる紅葉
石塔と石仏群
石塔と石仏群
化野念仏寺の鳥居と紅葉
化野念仏寺の鳥居と紅葉
化野念仏寺 西院の河原
化野念仏寺 西院の河原
西院の河原 供養塔と紅葉
西院の河原 供養塔と紅葉
化野念仏寺 駐車場
化野念仏寺 駐車場
化野念仏寺で感じたこと
化野念仏寺で感じたこと
並ぶ石塔と紅葉
並ぶ石塔と紅葉
紅葉の見頃
紅葉の見頃

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