岡山後楽園は水戸偕楽園や金沢兼六園と並んで日本三大庭園のひとつとして知られており、 岡山市内中心部旭川の畔に約4万坪(13万3千平方キロ)の広大な敷地を持つ名庭園です。 岡山後楽園の歴史は江戸時代中期1687年に着工し、実に14年の歳月を費やして1700年に完成した 日本を代表する林泉回遊式借景庭園で、1952年(昭和27年)に国の特別名勝に指定されています。 当時の岡山藩主であった池田綱政が当時の郡代官津田永忠に命じて作らせたとされる庭園は 茶室延養亭を中心に旭が川の水を引いた花葉の池や沢の池を中央に配し、 その周囲には廉池軒・唯心堂・流店・茶祖堂・慈眼堂などの建物があり、 岡山市内中心部にありながらそこだけ非常に静かな空間となっています。 ここの特徴としては芝生の庭園だと言うこともいえます。 古来庭園と言えば苔に代表されるものが多いのですが、ここでは日本で最初に芝生を取り入れた庭園だとも言われています。 現在でいう公園のはしりといった特徴も見受けられる気がします。 また園内には花菖蒲が咲く花菖蒲畑や約100本の梅がある梅林や桜林、新緑や紅葉の美しいカエデのある 千入の森、茶畑などもあり、四季折々の美しい庭園風景を楽しむことができます。 もっぱらこの後楽園は歴代藩主の憩いの場であり静養の場であり、また来賓を迎えるための施設として 岡山藩では利用されていたようです。 庭園の正式名称が「後楽園」と呼ばれるようになったのは1871年(明治4年)のことです。 その後1884年(明治17年)には池田家から岡山県に譲渡されて一般の人々も気軽に入れるようになりました。 しかしこの大庭園も旭川の畔にあるがゆえに1893年(明治26年)の洪水被害をはじめ 度々水害に見舞われることもあったようです。また終戦の年(1945年)には岡山大空襲の被害を受けたりもしました。 岡山藩藩主の静養地としても性格も持っていたと思われる庭園は岡山城とは旭川をはさんで対岸の中洲にあり、 旭川にかかる月見橋で結ばれています。また園内から岡山城を間近に望むことができます。 私が行ってきた5月は新緑の頃で、ちょうど延養亭近くのサツキの花が満開に近い状態でした。
茶室 延養亭
5月の後楽園庭園は新緑がとても美しく
また別名カラス城とも言われる岡山城も借景に
そこだけのどかな空間となっていました
撮影日2003年5月6日
